殴り書き
2004.8.8涼…下弦の月 2004.8.9お葬式 2004.8.10贈り物 2004.8.12星に願いを 2004.8.27命日
2004.8.27 命日

ミケ、シッポナ、オミのお母さんの命日だった。

数日前から気になっていた。
当日仕事中も、あと何時間だ。と、ずっと頭に張り付いていた。

しかし、その時間になるとすっかり忘れていた。

翠達のご飯の時間には違いなかったが、いじめっ子の襲撃に合いバタバタした。
いじめっ子をなだめ、サガン翠を誘導し落ち着かせる頃には、母さんの轢かれた時間も病院で看取った時間も過ぎていたが、母さんが轢かれた場所に行こうと思っていた。
母さんが事故に遭った時と風景も変わっているが、その場所にお水だけでもかけて、ミケ、オミ、シッポたちに代わりひっそり手を合わせようと思っていた。

なのに、翠との猫じゃら、かくれんぼタイムを済ませると、いつもの道を通って会社に戻って来てしまった。
自分に呆れた。
改めて、出直そうと思っているうちに、電話や来客に追われタイミングを逃した。

帰りに回って行こうと決めた。

しかし、帰り支度が整う頃には、帰り道回っていく現場の子達のことで頭がいっぱいになっていた。
特に、青梅街道の現場は酷いことになっているので、いつもの顔ぶれが生きているのか固唾を呑む思いで到着する。

母さんのことを思い出したのは、日付も変わり自宅に着いた時だった。

悲しかった。
情けなかった。

ゆっくりと、数分間でも手を合わせ、その子を偲んであげる事もできない自分が嫌になった。
特に母さんのように、人間によって故意に命を奪われ、苦しみもがきながら亡くなった子への命日は、一入な思いがあるのに。


出会った時から片目が不自由だった母さん。ミケやシッポナより人懐こかった。大きくなってもミケはいつも母さんと一緒だった。
母さんは、ミケの目の前で故意に轢かれた。

2004.8.12  星に願いを

作晩未明と今晩、ペルセウス座流星群が見頃だそうだ。

3時頃、そろそろ空を見上げようと思いながら、いつの間にか転がったまま眠ってしまった。

長い長い夏の夜。
たまには夜空を見上げながら、色んな思いを馳せながら、星に願いをたくす時間を過ごしたい。

涼に会いたい…

2004.8.10  贈り物

重い時間がぶら下がる。でも、慌ただしい日々は変わらない。

そんな中、わたしの小さな友達から贈り物が届いた。
オーちゃんのお姉さんからだ。
彼女は、わたしの最年少の女友達だ。
旅行先で、わたしにと言って選んでくれた物。
わたしの暗い時間を察してくれていたかのように、突然届いたプレゼント。
彼女が、異国の地でわたしを思い浮かべてくれたと思うだけで、胸がいっぱいになった。

これも、猫が結んでくれた縁。
涼の死という重く暗い現実に突き落とされているわたしに、ふと手を差し伸べてくれた贈り物。
この小さな明かりもわたしの現実。

助けられた思いでいっぱいだ。
ありがとう。小さな女友達。
ありがとう。素敵な縁を結んでくれたオーちゃん。

持ち手:拓哉

2004.8.9  お葬式

涼はこの8ヶ月間糖尿だった。
毎日インシュリンの日々だった。
糖尿食の日々だった。

糖尿と診断される半年前、猫ドックに入った。
幼い頃、急性腎炎・肝炎、尿路結石など様々な病気を克服してきた。
腎炎、肝炎は丸2年間、病院に通う日々だった。
その甲斐あって完治し、尿路結石も克服した後は、風邪で1度入院。毛玉で入院。毎年、毛抜けの季節は毛玉が心配だったが、ラキサトーンで大事に至ることはなかった。
その代わり、食事管理は慎重にしていた。

うちは、継続的な治療が必要ない子のほうが少ないので、ワクチンの時生化学検査はしていただくものの年齢的なこともあり猫ドックに入れた。
安心したかったからだ。

結果は、すこぶる健康。11歳とは思えない。見た目も、肉体も年齢より若いです。と、誉められ、わたしのほうが有頂天だった。20歳の涼。35歳の涼。わたしにとっては、現実味をある未来だった。

それから半年後、少し痩せ元気がないように思えた。
食欲もここ2〜3日減っていた。
水も飲む量が増えてきた。

糖尿だった。

数日間の入院後、家でのインシュリンの日々が始まった。
人間は、大きく分けるとインシュリン系と投薬治療系の糖尿があることを知っていた。
インシュリンから投薬治療に変われないかと思い尋ねた。
残念ながら、インシュリン注射を必要とする糖尿だった。
猫の場合は、こちらのタイプの糖尿が圧倒的に多いということだった。
退院してからも、毎日のインシュリンの量が安定するまで、こまめに通院した。
低血糖が起き易い感じだったからだ。
涼の場合、安定させるまでかなり大変なほうで、先生方もかなり慎重にまた神経質に治療にあたって下さった。

そんな中でも、インシュリンを切れるまでに回復した子もいると先生に聞かされ、涼も当然そうしてあげようと思った。

血糖値の安定が難しい時期もあったが、どうにか安定し体重もちょうどいい感じに戻ったりもした。


最後の入院となった時、妹が命に関わりますかときいたら、無いことは無いと言われた。
でも、わたしは涼に限ってそんなことは無いと思っていた。
いくつもの病気と闘い、困難と闘って勝ってきたまだ12歳の涼は、今回も勝利の女神となると信じて疑わなかった。

涼との時間はまだまだ続くと思っていた。微塵も疑っていなかった。

涼と凛には、もっともっと本人たちが望むわたしたちとの豊かな時間を、これから与えてあげるはずだった。
1番我慢させることが多かった二人に、この10年間もうちょっと待っててね。もちょっと待っててね。と、そればっかり言って聞かせていた。
目の前の明日の命の保障のない子達を優先し、涼の望む幸せを後回しにしてきた。

これもそれも発端は、凜と涼とわたし達のニコニコしたくつろぎのひと時を思う存分味わいたかったからだと、涼を亡くして初めて気がついた。
せめて、自分のすぐ足元の生きることにも不自由している子達を失くし、そんな子達に気兼ねなく凜と涼との大切な時間を手にしたかったのだ。

外の子のほうも、色んな形でたくさんの方に支えられ、助けられ、少しづつ展望が明るくなっていた。

これから、これからだったのに。
可哀想なまま逝かせてしまった。

悲しみすぎて戻ってきてくれたら・・・
怨んでも憎んでもいいから、もう一度涼に会いたい。
ずっと、側にいてほしい。
そして、涼の望む穏やかで無邪気な時間をもう少し与えてあげたい・・・。
涼さへ辛くなければ、おばけになってとりついてほしい。

本当に可愛かった。
大好きだった。とっても、とっても・・・


色んなことをいっぱい我慢させたまま逝かせてしまって、涼、ごめんね。ごめんね。

2004.8.8  涼…下弦の月

涼が死ぬわけない。
涼ちゃんが死ぬわけなんてない。
まだ12歳だ。

ノックもなしにいきなりお風呂場のドアを開け、髪を洗っているわたしに向かって、ぐちゃぐちゃな顔で妹が言った。
涼ちゃんが死んじゃった。

何を言っているんだろう。
何を言ってるんだろう。
何を言ったんだろう…

ポンプの調子が悪くなり、シャンプーの泡のキメが粗くなった。


いつもなら、休みの日に午前中からお見舞いに行こうと動き出すことはない。
体も気持も起き上がれないからだ。
でも、今日は体が動いていた。
涼、元気になったかな。
今日、退院だな。
鰹節、削ってあげよう。

拓哉と多夢とティオが、病院へ行くことになっていた。
悦司もアレルギーの調子があまりよくなさそうなので、連れて行こうかどうしようか迷っていた。
5匹、大合唱でのご帰還。そうなると思っていた。

なのに、涼が死んだってどういうこと。
何で。何で…どうして
涼が死ぬわけない。
りょんりょんが、今死ぬわけなんてない。
涼ちゃんが死んだなんて、何を言っているのか、そんな馬鹿なことがあるはずがない。

何を言ったのか、何を聞いたのか、白日夢でもあるまいし。
涼が死ぬはずなんてない。



涼を連れて帰るなり、真空の鰹節の封を切り一心不乱に削った。
汗がだらだら流れた。
切なさゆえの力強いセミ達の大合唱だけが、別次元から聞こえている。

いつの間にかプラスティックの黄色い積み木の中で、黙々と鰹節を削っていた。
涼のようにふわふわした柔らかい光に照らされた空間だった。柔らかな優しい光だが、生命力溢れる明るさだった。
涼の生まれたGW頃の日差しだった。小さな四角いプラスティックの空間を木漏れ日で包むように、そっとそっと照らしていてくれた。
ひとりきりだが、淋しくもなく、どちらかと言えばホッとする懐かしい狭い空間。
まん丸目で嬉しそうな涼の笑顔を感じながら削り続けた。



どのくらいの時間が経ったのだろう。
鰹節の大きさが、半分になっていた。
削りたての香りが台所に充満していた。

みんな、集まっていた。

なのに一番の鰹節好きの涼がいない。
18の瞳しかない。
目玉星人の、淡く澄んだグリーンの大きな瞳が2つない。
大合唱の中にも、鰹節の時のひときわ大きなりょんの声がしない。
涼のために削ったのに。
涼の喜ぶ姿が見たいのに。
涼がいない。涼がいない。涼がいない。

りょんりょん。
涼ちゃんが大好きな鰹節を削ったよ。
ずっと、我慢してた鰹節を削ったよ。
涼のために削ったよ。
好きなだけ食べていいよ。
涼、食べていいんだよ。
涼、食べてよ。お願いだから、食べてよ。

涼・・・・